JMIこころの健康調査・相談室レポート
(財)社会経済生産性本部
メンタル・ヘルス研究所
この10月、約二十年ぶりにJMI健康調査は新たに生まれ変わりました。その改訂作業のプロセスにおいて従来のデータを精査し、副産物として数多くの知見がもたらされました。先般発行された「産業人メンタルヘルス白書」に触れられなかったテーマのひとつ「意欲」についてご紹介します。
い ま 「意 欲」 を 見 直 す
1.意欲を高める要因は何か
産業界においてはいつの時代においても働く人の「意欲」は大きな関心テーマです。とりわけ今日においては、成果主義に代表されるように評価システムが変容していくなかで、意欲は何に影響され、それを構成する要因は何かということは注目に値するところです。
これまで集積されたJMIのデータから、「意欲」と関係のある尺度は何かという相関を調べてみました。その中から特に相関の強い尺度、また「意欲」と関係すると思われている尺度を並べたのが次の図1です。相関の高いものを左側から順に並べています。
2.意欲は個人の性格因子だけで決定されない
「意欲」と相関の高い尺度として「探究性」、「自己顕示」、「外向性」、「前うつ(几帳面さ・生真面目さ)」など、一見したところ個人の性格因子とみられやすい尺度が並びます。しかし「自己顕示」「前うつ」などは、JMIにおいてこれまで日本の管理職の特徴といわれてきた尺度です。そしてまたこれらの尺度は、役職や職場などによって顕著に変わり、また年代や習熟などによる影響があることもこれまでの分析でわかっています。他にも「仕事への適応感(今の仕事が自分に合っておもしろいと思うこと)」、そして「同僚との関係」もまた同様に「意欲」との相関がうかがえます。これらは、個人の性格であると同時に集団の性格であることを意味し、その集団の特性、職場の雰囲気などによって「意欲」が変化するということを示しています。

3.「意欲と評価」の再考
一般的に、「意欲」に大きな影響を与えると考えがちな「評価への満足感」の相関係数は−0.02、それはほとんど無相関と考えられます。「評価への満足感」が高いことで、「意欲」が高まるとは必ずしも言えない、ということです。これは、評価のシステムを考えたときに多くの示唆を与えます。それと同様に「仕事への負担感のなさ」も相関係数が0.12、これもまた「意欲」と関係が薄いことがわかります。仕事の忙しさと「意欲」は良くも悪くも関係が薄いといえます。「忙しいから意欲がない」また逆に、「忙しいからやる気が出る」、これらを単純に言うことはできないということです。
さらに、負の相関が顕著なのは、「自己不確実(自信のなさ)」です。意欲が高いということは、自信をもっている、逆に意欲が低ければそれは自信がないということを示します。自信を与えることと評価を与えることとの意味合いの違いがここで明らかになります。意欲を高めたければ自信を与えることが大切で、ただやみくもに「評価の満足感」を与えただけでは、「意欲」には結びつかないということになります。
4.心理学でいう意欲
「意欲」は本来、純粋な心理学用語ではありません。心理学では、「意欲」をエネルギーとしてとらえ、主に動機づけ研究によって検討されてきました。意欲に近い考えは、マレー(Murray,H.A. 1938)の「達成欲求」の概念です。彼は次のように定義しています。「難しいことを成し遂げること、また高い標準をめざして、できるだけ自分の力でやり遂げること、他人と競争し、他人をしのぐこと。それにより自尊心を高めること。」
動機づけ研究という点では、インセンティブを外から与えることで意欲を高める「外発的動機づけ」の考え方は、経営の世界で言われるほど心理学の世界では強く支持されていません。1960年代以降、この外発的動機による学習よりも、課題への興味、関心、好奇心といった内発的な動機で学習するのが望ましいという考え方(「内発的動機づけ」)が主流になっています。金銭や褒美による外的な報酬は取り組むべき事がらへの興味を低め、自発的な興味による行動を抑制し、内発的動機づけを弱めると考えられるようになってきています。
5.真の意欲を構成する要因とは
冒頭の「仕事への意欲」と他の尺度との相関、そして心理学者の意見をまとめると、本物の意欲を決定づける構成要因として、次のことが考えられます。
- 自己効力感
―自分が有能で、やろうと思っていることへの実現可能性の確信をもつこと
- 自己決定感(自律性)
―自分自身を自らコントロールし、自分の運命を自分で決定すること
- 自己概念
―人間が何ものにもとらわれず自由な意志によって選択する「理想の自己」をもつこと
- 他者との情緒的絆
―先に挙げた自己効力感および自己決定感は対人交流と独立のものではなく、他者との温かい交流や社会からの受容の中にこそ真の自己効力感が生まれるということ
さらに、これらはかつて、島崎 敏樹が「生きるとは何か」において述べた次の言葉を想起させてくれます。
「仲間と一緒に生きていることの生きがいは『居がい』であり、
自分から進んでいくことの生きがいは『行きがい』とよべる」
(「生きるとは何か」岩波新書)
他者との共同体感覚を抜きにして「意欲」も「生きがい」も真の喜びとしてそれを実感することは不可能かもしれません。そしてまたこの課題こそが、いま職場で働く人が求めてやまないことではないでしょうか。同調圧力を越えた、受容的勤勉性を越えた、自由な意志と責任を伴う主体的な労働参加こそが真の意欲の源泉と捉えることができます。
6.操作的アプローチよりも環境調整的アプローチに重点を
「意欲」にしろ「生きがい」にしろ持とうと努力するにはたいへんなことです。むしろ、意欲はエネルギーであり、また動機であるという観点が重要です。
その意欲を何によって得るかというと、以上のことから、外的な動機づけが必ずしも有効でないことがわかります。仕事のモチベーションを高めようとする操作的なアプローチよりもむしろ、一見遠回りと言えそうな、ひとりひとりが生き生きと働くことを目指す環境調整的アプローチを重視すべきであるということになります。このことは職場のメンタルヘルスをいかに高め、組織がそこで働く人に安心して仕事に専念してもらうための職場づくりをいかに進めるかが、働く人の意欲を高めるポイントだということにもつながっていきます。
厳しい時代であるがゆえに、皆様とともにメンタル・ヘルス研究所はその課題に立ち向かって行きたいと考えています。




