メンタル・ヘルス研究所社会経済生産性本部

JMIこころの健康調査・相談室レポート

(財)社会経済生産性本部
メンタル・ヘルス研究所

2001年度の相談傾向

メンタル・ヘルス研究所では「心の健康相談室」利用者の相談内容を6つに分類しその年度の相談傾向を把握しています。相談する方の訴えは、必ずしもひとつにまとまるものではありませんが、心の健康相談室相談員がその訴えの中心となる内容を『図1』のようにまとめております。参考としてご活用下さい。

図
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相談内容の変化

職場・仕事に関する問題

職場における人間関係、仕事そのもののこと、その他職場環境の問題などがここに分類されます。厳しくなる企業環境のもと、1998年度の18.2ポイントから、2000年度の25.6ポイントまで過去3年間増え続けていた職場・仕事に関する問題が今年度は20.1ポイントと減少に転じ、増加傾向に歯止めがかかりました。
ここの評価で気をつけたいのは、この相談の対象者は、JMI健康調査実施企業・団体を中心とした、組織としてメンタル・ヘルスに関心を寄せている企業・団体に属する人たちだということです。産業界全般の傾向ではないということを踏まえなければなりません。
職場・仕事に関する問題というと、一般的には人間関係、特に上司・部下の人間関係の問題をイメージされますが、心の健康相談室の面接相談医からは意外にも「かつてより管理職サイドのメンタル・ヘルスへの関心は高いという印象を抱く」という報告が来ております。ただしこの評価は微妙なものがあり、単純に好ましい傾向とは言い切れません。確かに今までは、「上司は話を聞いてくれない、理解してくれない」という訴えが多いという事実がありました。それが上司と部下との心的な衝突や葛藤が減少し、むしろ関係の希薄さから来る虚無感、働くことや職場に自分がいることの意味の喪失がより問題になっているともいえます。
急激な組織の変化のなかで、職場の上下関係が変容し、かつての「上司と部下の情緒的絆」の解体が静かに進行しています。上司は「おせっかいは嫌われる」と躊躇し、部下に必要以上の介入を避けています。部下は部下で、さらっと付き合ったほうがうまくいく、と思っている人が増えています。自分の問題は自分で考えるという風潮のさなか、自分で考えることの出来る範囲を超えてしまうと、落ち込んでしまったりパニックになってしまうことがあります。
厳しい企業環境の中で叫ばれる「自立志向」の掛け声のなかで、上下関係においての階層間の利害や力の構造が変容し、実態としては目的達成のために、お互いが依存しながらお互いを必要とするいわば「共依存関係」が成立しているとも理解できます。
そうした現象の意識の深層として、組織は自分を大切にしてもらっているのか、そして愛されているのか、という組織とのかかわりの不安が見え隠れしています。実際のマネジメントにおいて成功するマネージャーはそのあたりの働く人の心に内在する愛情飢餓をしっかりと理解している人かもしれません。

家庭に関する問題

「家庭に関する問題」は、夫婦関係や配偶者の不倫、親子関係、さらに子供の教育・しつけ、そしてまた今後増加が予測される老親の介護などが分類されています。推移としては、99年をピーク(26.3%)に過去3年間減少を続け、今年度は21.4%まで落ちています。減少傾向ではありますが特に目立って減少しているわけではありません。
家庭に関する問題として注目されていることがふたつあります。ひとつは「家族の関係性」、もうひとつは「家族の機能」についてです。
前者において、相談を受ける側としては夫婦関係の話し合いの少なさを指摘しています。もう少しお互いが話をしていたらこういう問題は起こらなかった、というものです。最近増えている不倫の問題にしても、ある相談医によると、根本的には家族関係の問題がその根にあると指摘しています。離婚の相談においても、単純に、別れるかどうかという表層的な問題ではなく、その深層にある「互いの存在を受け入れられるかどうか」という本質的問題が棚上げにされています。夫婦とはGive&Takeを約束した関係ではないことを受け入れられるか、互いの要求にかなわなくとも受け入れ認め合える愛情関係がそこに存在するか、そうしたことをベースに相談に対処しなければなりません。コミュニケーションは確かに大切ですが、夫婦関係を考えたときに、コミュニケーションで成立する部分とコミュニケーション以前の部分、すなわちコミュニケーション以前の愛情関係、さらに、互いの個としての成熟の部分が深くかかわっていることに関心を払わなければならないでしょう。
もうひとつの問題として挙げられる家族の機能についてですが、かつて家庭は「安らぎの場」の象徴でした。ある学者は「もはや家庭こそが戦場である」という名言を残しています。これに対しても相談医からの指摘があります。「家庭が戦場であってもはじめからたたかいを放棄している。家族を前に敵前逃亡している」という指摘です。うまくやれるかどうかよりも、家族にかかわろうとする意志が問われているといえます。特に最近言われる「理想の父親像の喪失」についても、「職場・仕事に関する問題」でふれたように、かかわることのためらいを乗り越えようとしたときに、仮にうまくいかなくても、孤独を越えて毅然と立ち向かう姿にこそ家族は「理想の父親像」を見出し共鳴するのかもしれません。

精神医学上の問題

「精神医学上の問題」に分類されたものはかならずしも病気ということではありません。極端な症状をもっていなくても精神医学的なアプローチが必要なものをここに分類しています。ですからここの比率が精神病患者の比率を示すものではありません。その「精神医学上の問題」は今年度過去最高の41.2ポイントに達しました。昨年度(2000年度)の26.0ポイントから、15.2ポイント増加 しています。特徴としては、若い人の相談が増えています。
ここに分類されるケースの多くは精神医学上の問題単独で分類されることはなく他の相談内容との組み合わせになっています。今回については、それが他の相談内容(環境の問題や身体の問題)よりも「精神医学上の問題」に比重が偏ってきているというのが特徴といえます。ただし、それは必ずしも重篤なものではなく、人格障害にさえ至らない幼稚な相談が多いとも報告されています。
一般的には、昨今のような右肩上がりではないゼロサムの社会状況においては、人格障害※、うつ、アルコール中毒が増えるといわれますが、メンタル・ヘルス研究所の「心の健康相談室」において特にそのような傾向は顕著に見られない、と相談員からは指摘されています。
「精神医学的な問題」と聞くと「悩んでいる」と単純に受け取られがちですが、むしろ悩む力の機能不全というほうが近いところがあります。わかりやすく言うと悩みをもっているかいないかではなく、悩むことが出来ないことが問題になっている、さらに言えば「悩める状態になっていない」といえます。人間の心理の発達を考えた場合、悩まないことでストレスは回避できますが、ストレス耐性は明らかに弱まっていきます。強いストレス状況を回避するときにはいいのですが、これが習慣化されることは問題です。
自分のまわりで起こっていることを自分のなかに取り込み、自分自身の問題として取り扱う、いわば「自我関与」の繰り返しによって、ストレス耐性が鍛えられていきます。そうしたなかで獲得される、「他を受け入れながら、自分を失わないという成熟した人格」こそが、組織集団の安定に真に寄与するといえます。葛藤の希薄化によって、個人、組織双方のエネルギーが衰退していくことは気をつけておきたいところです。

  • 人格障害 とは、「その人の属する文化から期待されるものから著しく偏り、広範でかつ柔 軟性がなく、青年期または成人期早期に始まり、長期にわたり安定しており、苦痛、または障害を引き起こす、内的体験および行動の持続的様式である」
    『DSM‐W‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)

性格上の問題

「性格上の問題」というのは、病気ではないけれども、本人の性格的な問題が生活の中での不具合を生じているときにここに分類します。たとえば、性格的に対人関係が苦手で、職場でも家庭でもどこに行っても人間関係がうまくいかないといったようなケースはここに分類されています。パターンとしては二通りで、本人の環境適応のつまずきから性格の問題を相談するものと、自分自身のネガティブな性格そのものについて相談する、というものです。「性格上の問題」の比率は過去98年度に一時的に増えていますが、2000年度は、昨年(5.8ポイント)とほぼ同じ水準で6.0ポイントです。

身体医学上の問題

身体的不調感や、心の問題と関係してそれが身体的な症状にあらわれる心身症、慢性疾患などの相談がここに入ります。「身体医学上の問題」は昨年度(2000年度)の6.4ポイントから、4.2ポイントに2.2ポイント減少しています。
最近の相談の傾向としては治療を受けながらの相談が多くなっています。良好な治療環境にない人が電話相談に電話をかけてきているというパターンです。医療機関と本人との相性の問題がある一方で、病院に行って医者に診てもらってもじゅうぶんな満足が得られない、という医療の質にかかわる課題を内抱しているようです。

そ の 他

それ以外の相談は「その他」としてまとめられています。今年は7.1ポイントで昨年の13.8ポイントから大きく減少しています。過去の変動を見ると昨年の増加は一時的で、今年度になって元の水準に戻ったようです。
内容としては@医療機関紹介AJMI健康調査の内容についてB恋愛問題C本人以外の家族からの相談(上記に分類できない家族個人の悩み)、他に対応の対象に入っていませんが、希に法律や宗教の相談も来ています。

 

「心の健康相談室」利用団体の皆様へ

「心の健康相談室」を担当する相談員によるとJMIの利用企業・団体はメンタル・ヘルスの優良企業・優良団体であると言っています。何と比較してそういう見解が出るかというと、病院外来の患者さんとの比較です。病院に来る患者さんの相談の内容が心の健康相談室に来られる方とは本質的に違うようです。組織としてメンタル・ヘルスに取り組まれていない会社においては、本来管理者が少しの注意を払えばこんな問題は起こらないという内容の相談が多いということです。

一例を挙げると次のようなものがあります。メンタル・ヘルスの不調で休職する際に、上司が残務整理をさせてから休職させる。当然本人は、残務整理というのは会社が最悪の事態を想定してのことだと考え、自分が快復したときに果たして戻る席はあるのかという強い不安を抱え、さらに症状を悪化させ病院の相談に訪れる。こういうケースがあるようです。

メンタル・ヘルスに取り組む多くの先進企業は、自社の独自性に即した複合的な取り組みをしています。初期段階は啓発PR、その後JMI等を用いた健康度の把握、相談体制の確立、それらを単独で実施したりしますが、やがて、取り組みの目標を個人の健康管理から、組織の活性化までターゲットを広げていきます。ひとつの取り組みによるメンタル・ヘルスの対応からやがて複合的・重層的な取り組みを展開しそれを組織の活力へ展開させようとします。従業員を尊重し組織を良くしていこうという問題意識がやがて管理者や一般の従業員に浸透し、(「職場・仕事に関する問題」で述べたような)相談医の指摘するような相談がなくなっていくのかもしれません。

メンタル・ヘルスは人を生かし、組織を活性化するシステムを構築するための有効なアプローチです。施策を組むこと自体が目的ではなく、最終的には組織において「人を大切にする文化」を創造・進化させ、それが個人にも組織にも良きものを提供していくことであるといえるのです。