JMIこころの健康調査・相談室レポート
(財)社会経済生産性本部
メンタル・ヘルス研究所
30代のメンタルヘルス
低迷する経済環境の中で、企業はそれぞれに活路を模索しています。環境に適応できる企業を目指し、そこで働く人は変化の荒波にさらされています。
今年3月にメンタル・ヘルス研究所では企業の人事労務担当者を対象に「メンタル・ヘルスへの取り組み」アンケートを行いました。その中には「心の病はどの年齢層で最も多いですか?」という質問がありました。一般的には「メンタルヘルスは中高年層が問題」と思われているのですが、このアンケートによると30代に心の病が多いという企業担当者の問題意識が浮き彫りになりました。
図1に見られるように、「心の病はどの年齢層で最も多いですか?」という質問に対して、全体の41.8%の企業が30代と答えています。次に多いのが40代27.0%、その次が10〜20代の13.1%となっています。一般的に言われる中高年、40〜50代とは異なる実態認識がここにあります。それを裏付けるように過労死訴訟の多くは30代の働き盛りの人たちです。
男性のストレス
JMI健康調査におけるこれまでのデータの集計結果を見ると、男性における「仕事の負担感のなさ」は20代後半から低下し(負担感が強まり)30代で最も低下します。そして40代からまた良くなっていきます(図2)。すなわち仕事の負担感は年代別に見ると30代で最も強いということがわかります。
変革の担い手としてのストレス
30代はもともとが成果と成長を期待される年代でしたが、今や組織の要請により、その屋台骨を支える「変革の担い手」としての強い期待がかけられています。一方で、図3に示すように「仕事への適応感」は20代から年代を追うごとに右肩上がりで高まっていきます。適応感が高いからこそ現実の問題に直面し、実際には仕事が分かりかけてきた30代で負担感が増大します。
30代は成長期(伸び盛り)としての大切な時期です。それが現実には企業情勢を反映して、期待と要求が強くなりその責任は重くなるのですが、実際の権限は少なく自由度の利かないポジションにいます。さらに「とにかく成果を出せ」という掛け声があっても、トライ&エラーを許される状況にありません。伸び盛りの時期の課題は本来、失敗をしながらも自分の枠組みを外して新しい可能性を模索することにあります。ところが細かいことまでの縛りも多い上に、スピードが要求されるといった環境において彼らはストレスフルな状態にさらされ、八方ふさがりになっています。
心の健康相談室の相談員は「タイトな状況の中にあっても周囲からの成長を見届けようとする温かな視線があれば、多少なりとも状況が変わっていく」と指摘しています。それを考えると管理者は自分たちの職場の置かれた状況を冷静に見極め、組織の要求と部下のパフォーマンスの差によって生じる軋み(きしみ)、ストレスを弾力的に調整するテクニックが求められます。辛い、という状況は前提条件です。しかしその辛さを調整するサポートがあるかないかで本人のストレスも大きく変わってきます。組織目標の明確化とそれをきちんと咀嚼して自らの役割を意味づけしているか、このことが非常に大きな意味を持っていると言えるでしょう。
20代とのコミュニケーションギャップもストレスに
さらにこの30代に追い討ちがかかるのはコミュニケーションにおいても微妙な年代であるということです。企業の相談担当者の話では、20代と30代とのコミュニケーションギャップの相談が多いといいます。これは20代の年代特性というよりもここで世代の断層があり、価値観の違いが浮き彫りになっていると指摘しています。今の20代は「白黒はっきりさせないと気がすまず、中間色の“グレー”を受け入れられない」とその担当者は見ています。実際に組織の上から来る指示は白か黒かに限りません。管理者は一見矛盾しているようにも見える指示を出さざるを得ない場面もあり、その「玉虫色の指示」を忖度(そんたく)しないと実際の仕事は廻っていきません。それを白黒はっきりつけて伝えないといけないというのは大きなストレスで、結局自分でやったほうがいいという判断を取らざるを得なくなります。
30代で下がり続ける「将来への希望」
図4で示すとおり、そうした状況下で30代においては将来への不安が強くなり、40代からまたそれが持ち直していくという傾向が見られます。職場において期待が高まる半面、自分自身は見通しが利かない、未来が描けないというダブルバインドにさらされます。実質的に給料が目減りし、評価されている実感のないまま、自分自身の「仕事への適応感」を支えに仕事をしていくしかありません。
40代・50代においては、見通しが利かない状況においても多少の慣れとあきらめとがあればストレスをもろに食らうことは少なくなります。それが 30代に影響し不安に拍車がかかっている可能性も否定できません(図4)。
JMIのデータからこれまで見てきた勤労者のメンタルヘルスは、成人になってなお、年齢そして役職の上昇とともに、精神的健康度が上昇すると見ていました。しかし当たり前のことを疑ってかかれば、この中高年層の負担感の小ささと30代の負担感の大きさが無関係でないと考えることもできます。年代による危機意識のずれが、第一線の若い働き盛りの者たちのしわ寄せを生み出している可能性も考慮しなければなりません。
「メンタル・ヘルス研究所が部下の育成を管理者の仕事というならば、ウチの管理者にそのことを伝えてください」と叫んだ若者がいました。50代近辺では責任を負うストレスが増大するとはいえ、長年の職場生活で学んだノウハウで「やり過ごし」が起こるのは少なからず避けられず、30代のストレス問題に影響していることも考えられます。データで示すように30代のストレスの増大を職業人としての成熟過程とみなせればよいのですが、実際に過労死訴訟がこの年代に多いという事実を踏まえれば、「成熟過程」では済まされない構造的な問題をはらんでいます。今の苦労をいつまでどういう希望を持ってしのがなければならないということを誰かが傍らで伝え続ける必要があるでしょう。
女性のストレスは仕事の適応感と同調
女性のストレス
女性のストレスはJMI尺度の「仕事の負担感のなさ」の変化において(図2)、仕事を覚え職場に馴染んでいく中で少しずつ軽減されることがわかります。しかし、その過程においては30代後半と40代後半にそれぞれ多少の低下が確認されます。またJMIのデータにおいて女性の場合「仕事の負担感のなさ」と「仕事への適応感」のデータの動きが連動しているようにも見えます。特に30代後半の負担感と適応感の同調が顕著にあらわれています。仕事が辛いということと、仕事が面白くなくやり甲斐を感じないという思いとがつながっています。男性の場合20代から確実に「仕事への適応感」の尺度が上昇し、つらさを感じる一方で仕事の面白さを感じています。男性の場合はこれを「仕事のやり甲斐」の実感と捉えることもできるようになります。これは女性と男性とでは明らかに違う傾向です。
30代後半、40代後半の女性のストレスは、既婚女性における、子育てのストレス、教育期の子どもを抱えたストレスという理解ができます。しかし「女性のストレスは出産と子育て」という昔ながらの一辺倒の理解が通用する時代ではありません。非婚女性の増加を視野に入れ、その非婚女性のストレスにも目を向けなければなりません。
直近のデータによると、初婚年齢は、平成12年(2000年)で男性28.8歳、女性27.0歳でした。1990年の段階では、それぞれ28.4歳、25.9歳でしたから、驚くべきことに、1年間に女性はほぼ0.1歳ずつ、男性の倍のスピードで初婚年齢が上昇していることがわかります。女性が結婚後、時期を空けずに出産し子育てを経験すると仮定すれば30代後半に養育期の子供を抱えることにあり、JMIの「仕事の負担感のなさ」の尺度に見る女性の30代後半のストレスと符合します。
30代の女性は迷いの年代でそれは仕事のキャリアアップやポストだけの問題ではありません。生き方の問題として、結婚をするかしないかというライフプランの選択、めまぐるしく変化する職場環境についていけないという対応スキルの問題。かといって年上の人たちのような開き直りを潔しとしたくないといった葛藤があります。
さらにそこに横たわるのが少子化の影響をこの年代の女性が受けて立っているという事実です。仕事を離れれば親のことも考えなければなりません。非婚率の上昇は単なる職業的なキャリアアップと見ずにもう少し広げて女性の人生形成の問題としてみる必要があります。親の介護を暗黙のうちに娘が強いられ、その狭間の中での迷いを持っている人が少なくないということを考慮に入れる必要があります。これを女性たちのみに負わせることはできません。
先の見えないつらい状況への支援
「景気の影響は多分にあるが厳しい雇用情勢のなかで、40代半ばまでは自分の思いとは別に、周囲に合わせ溶け込もうという傾向が強い」と心の健康相談室の相談員は語っています。タイトな状況の中で、男は我慢を強いられ、女は自分が他人からどう見られているかを非常に意識し、置かれた環境の中にあって自分らしい人生のあり場所を仕事のみならず模索しているのが30代と言えるでしょう。
組織において厳しさを要求されることと、不安で振り回されストレス状況に陥ることとはその実質が異なります。模索する30代の気持ちを組織が受け止めて、この30代を支援し、彼らを活かしきることが企業のパフォーマンスにとっても大きな意味を持っています。
米国の国立安全衛生研究所(NIOSH)は「組織革新+ストレスマネジメント=健康で活力ある職場」と提言しています。組織の生き残りをかけた厳しさと、人を大切にするはトレードオフの関係ではありません。厳しい状況にあってなお、組織の内側から活力が湧き上がる活力は、組織の中でもがき苦しみそれでもなお一生懸命働く人を応援することにあります。どんな状況にあっても一生懸命働く人を応援する。そうすればきっと応援された人は組織を守り組織を存続するために必死に働くことを心に誓うのではないでしょうか。








